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私の腰痛日記 2

記録した腰痛日記の内容

12月9日
今日も朝、痛みとともに目覚める。腰を立てることが痛くてできない…。

自分の体が歪んでいるのが分かる。

朝から腰が痛くて、こんな状態で仕事に行くことが苦痛だ。

どうすれば腰痛から解放されるのか、正解が分からない…。

誰か治せる人がいるのならどこへでも飛んでいくから、誰か治し方を教えて!!
外では自分よりずっと年上の老人が杖もつかずに歩いている。

情けない…。

自分は休み休み腰をかばいながらやっとの思いで歩いている。

自分はこれからどうなるんだろう…?

こんな気持ちで毎日、毎朝過ごしていました。

腰痛以外の今まで経験してきた人生の試練(大学受験、就職、資格の試験など)は、自分の努力次第で乗り越えられるものでした。

頑張ったら頑張った分だけ、その努力が結果につながるもの。

でも、この腰痛という試練は、何をどう努力すれば良いのか分からず、ただただ回復を祈るしかない状況でした。

13年前、ギックリ腰になったあの日の瞬間を今でもはっきりと憶えています

子供のころからずっとギックリ腰を繰り返してきました。

それは決して重たい物を持ち上げるといった、明らかに腰に負担がかかった瞬間になるのではなく、本当にふとした何気ない時になるのです。

立ち上がった瞬間だったり、物を拾おうと屈んだ時だったり…。

腰にはなんの負担もかかっていない時に突然なるので、当時の私はギックリ腰を予防することが出来ませんでした。

ある時は家のお風呂でシャワーの蛇口をひねろうとしてお辞儀した瞬間、ギクッとなって裸のまま動けなくなったこともありました。

13年前のあの日も同じように何気ない瞬間にギックリ腰を発症しました。

いつも通り、脳梗塞患者様のリハビリ訓練を行っていた時です。

当時の私は新人だったので、自分の身体の使い方も上手くなくて、ただただ無我夢中で患者様のリハビリを行っていました。

そのせいもあり、腰に疲れがたまっていたのでしょう…。

何気なく物を取ろうと体を捻った瞬間、ギクッ!!

いつものギックリ腰です。

「あぁ、またやってしまった!!」と思いましたが、患者様のリハビリ訓練中でしたので、ギックリ腰になったことを悟られないようポーカーフェイスで仕事し続けました。

しかし痛みで呼吸が止まる瞬間があり誤魔化しきれません。

患者さんは目を閉じていたため、幸いにも気づきませんでしたが、周りのスタッフは私の異変に気づき、「大丈夫?」と声をかけてくれました。

「大丈夫じゃないです」とは言えず、やせ我慢して仕事をこなし、その日は終了。

仕事の後、同僚の理学療法士(Physical Therapist:通称PT)に身体を治療してもらうことにしました。

骨盤が歪み、ずれているような違和感を感じた私はその頃、熱心に勉強していた仙腸関節の治療を同僚にリクエストし、矯正を試みることに。

仙腸関節とは骨盤の歪みの原因となる関節で、PTの間では“腰痛治療に欠かせない魔法の関節”と呼ばれている関節です。

ちなみにこの同僚は関節矯正の知識がなく、私が手の位置や矯正方向を指示して行いました。

うつ伏せになった私の腰に手を当て、骨盤のズレを治そうと同僚PTが上から体重をかけた次の瞬間、今まで感じたことのない激痛が走りました。

一気に早く治そうと強引な治療をして、よけい腰痛を悪化させた瞬間です。

「やばい、これは間違ったことをしてしまった。にわか知識で治療したのが間違いだった…」

同僚に矯正の知識がない事を知っていて治療をお願いしたのは自分だったので、相手をもちろん責めるわけにもいかず、何とかその場を取り繕い帰宅。

帰宅途中の電車の中、直感的に腰の土台が壊れた感じがして、今までかいたことのない変な脂汗が…。

帰り道、道路の壁を伝いながら、休み休みマンションに帰りました。

今思えば、この時の仙腸関節への治療が、ただのぎっくり腰を難治性の厄介な腰痛に進化させた原因なのかもしれません。⇒私の腰痛日記3へ

私の腰痛日記 3

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【投稿者の経歴】

糸日谷 哲章 【イトヒヤ テッショウ】

保健医療学修士/理学療法士/柔道整復師/
シン・インテグレーション認定施術者

運動学的観点から痛みの発生原因を追求し、難治性疼痛に特化した治療を行う

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